バスケ選手に関する情報をまとめるサイト
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今回は渡邉雄太さんについて。
日本人史上2人目のNBA選手としても、有名かと思います。
バスケットボールの実力もありますが、勉強面でも優秀なのだとか…?!
今回は、海外で活躍されており実力もある渡邉雄太選手の
- 学歴
- 大学はアメリカ?
- 成績はどうだったの?
…など。
渡邊雄太選手の学歴や賢さについて、調査し紹介したいと思います。
プロフィール
初めに、どのような方なのか簡単に紹介していきたいと思います。
渡邉雄太│プロフィール

- 名前:渡邉 雄太(わたなべ ゆうた)
- 生年月日:1994年10月13日
- 年齢:30歳(2025年1月時点)
- 出身:香川県
- 所属チーム:千葉ジェッツふなばし
神奈川県横浜市で生まれた渡邉雄太選手。
両親ともにバスケットボール選手であり、
お父さんは日本リーグの熊谷組、お母さんは日本代表経験もある元選手なのだそう。

お姉さんも元バスケットボール選手みたいだよ!
4歳の時に、お父さんの地元香川県へ。
そして、小学1年生の時にお母さんがコーチを務めていた『三木スポーツ少年団』に入団し、バスケットボールを始めます。
小学2年生の時には、『NBA選手になりたい』と言っていたのだとか。
小・中・高校と、バスケ部に所属。
中学生の時には、お父さんと学校練習後に10㎞走り+1000本シュートの特訓を行っていたそう。
高校3年生の時に、アメリカ留学を決意。
努力し、見事2014年2月にジョージ・ワシントン大学へ入学。
大学卒業後は、NBAプレイヤーとして活躍。
プライベートでは、元フジテレビ・アナウンサーの久慈暁子さんと2022年に結婚されました。
学歴


バスケの実力がある渡邉雄太選手ですが、実は学業の面も優秀なんだそう…。
続いては、渡邉雄太選手の学歴を紹介していきたいと思います。
三木町立平井小学校


小学校は、地元の立平井小学校に通っていたそう。
渡邉雄太選手は小1で『三木スポーツ少年団』に入団し、バスケットボールを始めました。





昭和56年に創設された歴史ある少年団みたいだよ‼
さらに、小学校の時点で



将来の夢は、NBA選手になること
だったようです。
そのため、朝5時に起床し、学校に行く前に父親と特訓をしていたんだとか。
特訓は1日も休んだことがないそう…。
すごいですね。
高松市立牟礼中学校


中学校は、地元の高松市立牟礼中学校に通っていたようです。
渡邉雄太選手は三木町出身ですが、
高松市にある高松市立牟礼中学校はバスケットボール部が県内でも強豪のため、
越境入学したんだとか。
バスケットボール部に所属し、1年生の頃から主力選手として活躍していたそう。


また、中学入学時には160cmだった身長が卒業までには190cmに‼



190㎝かぁ…大きいね
県の選抜メンバーとして活躍


中学校2年生の時、香川県の選抜メンバーとして、
都道府県対抗ジュニアバスケットボール選手権に出場‼



1.2年生で編成されたチームのようで、各都道府県に11人しか選出されていないみたいだよ~
優勝とはなりませんでしたが、メンバーに選ばれるだけでもすごいですよね。
尽誠学園高等学校


高校は、尽誠学園高等学校(偏差値:40~54)に通っていました。
全日制の高校で、
- 特別進学コース(普通科)
- 進学コース(普通科)
- アビリティコース(普通科)
- アスリートコース(普通科)
- 衛生看護科
があります。
渡邉雄太選手は、アスリートコースを専攻していたようです。
古くから部活動が盛んな高校であり、バスケットボール部は全国大会の常連校としても有名です。
高校2年生の時に、アメリカ行きを意識し
高校3年生の初めまでにはアメリカ留学を決意していたそうです。
インタビューで話されています。
僕がアメリカに行くことを考えだしたのは、高校2年生の冬に出場したウインターカップがきっかけでした。
この大会に尽誠学園の一員として挑み、学校としても初めて準優勝をすることができました。
それまではアメリカへ行くことを全く意識していなかったのですが、そこから少しずつアメリカに興味を持ち始め、親や高校の恩師ともたくさん話をし、自分自身でもすごく悩んだ結果、アメリカへ行くことを決意しました。
引用:https://number.bunshun.jp/



家族は当初、反対していたみたいだけど
NBAプレイヤーである田臥さんの言葉で家族も納得したんだとか‼
バスケットボール男子日本代表候補に選出?!


バスケ部に所属し、1年生の時にはスターターとして全国大会に出場。
全国高等学校バスケットボール選抜優勝大会では、2011年、2012年と準優勝を果たしています。
さらに高校生1年生の時に、U-18日本代表候補に選出。
高校2年生の時にはバスケットボール男子日本代表候補に選出され、当時から注目されていたようです。
セント・トーマス・モア・スクール


高校を卒業した2013年の9月から
セント・トーマス・モア・スクール(プレップスクール、大学進学のための準備学校)に通っていた渡邉雄太選手。
全寮制の学校で、生徒の9割以上がスポーツをしているのだそう。
渡邉雄太選手はここで、英語を学びました。
僕が最初に通った学校は、コネチカット州にある、St. Thomas More Schoolというプレップスクールで、post-graduate studentとして入学しました。
心配していた私生活の面では、英語が下手な自分にもみんながすごく優しく接してくれたので、周りとすぐに仲良くなることができ、楽しい毎日を送りました。
自分がその学校にいられる期間は1年間。
その間にコート上で活躍をして、大学からスカラーシップをもらわなければいけなかったので、
(中略)
試合にはスターターとして出場し、活躍することができました。
結果、いくつかの学校からオファーをもらい、その中のジョージ・ワシントン大学へ進学を決めました。
引用:https://number.bunshun.jp/
大学からスカラーシップをもらうことを目標としており、
そのために学業だけではなく、バスケも結果を残さなければなりませんでしたが
努力を重ね、試合にスターターとして出場し、活躍することが出来たそう。
その結果、オファーをもらうことができジョージ・ワシントン大学へ進学を決めます。
ジョージ・ワシントン大学


大学は、ジョージ・ワシントン大学に通っていた渡邉雄太選手。
ここを選んだ理由として、NCAA1部(NBAに進む選手がたくさん所属するチーム)がある大学だったからだそうです。
特待生のような形で、入学した渡邉雄太選手。
勉強面がとても大変だったようです…。



特に大変だったのが勉強面です。



NCAA(全米大学体育協会)の規定では、
標準以上の成績を取らないとバスケットをさせてもらえなくなるというルールがあるので、



勉強には力を入れないといけません。
とインタビューで話されていました。
アウェイの試合では、試合後飛行機で片道4時間かけ帰宅し、深夜3時に就寝。
翌日は朝8時の授業に出席…。⇓⇓
シーズン中は平日でもアウェイでの試合がたくさんあり、試合をしてそのままバスか飛行機で数時間をかけて夜中に学校へ戻り、翌日すぐに授業に出なければなりません。
まだまだ英語が下手な自分は他の人よりも勉強をしなければならず、そこは今でも苦労しています。
バスケットに関しても、プレップスクールにいた時よりもさらにレベルが高く、なおかつ勉強との両立が大事になってくるので、大変だと感じることは多いです。
引用:https://number.bunshun.jp/
一生懸命努力したんですね…‼
そんな忙しく大変な状況でしたが、単位は一度も落とすことがなかったそう。⇓⇓
「1度も単位を落とすことはなかった」とし、学期ごとに表彰される成績優秀者にも何度か選ばれた。
引用:https://thedigestweb.com/



学期ごとに表彰される成績優秀者にも何度か選ばれたみたいだね‼
優秀なんだな~
大学ではキャプテンに
バスケ面では、3人のキャプテンの内の1人に選ばれたそう‼
さらに、
- プレイヤー・オブ・ザ・ウィーク受賞
- ディフェンシブ・プレイヤー・オブ・ザ・イヤー受賞
などを受賞。
メディアにも注目されて、ワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズ紙などで特集も組まれたこともありました。
また、当時のことをこのように語られています。⇓⇓
「正直『アメリカ行きは正解』なんて言えるほど、そんなぬるい道じゃなかった。
めちゃくちゃ厳しかった。
結果として正解だったけど、俺の中ではその時その時の選択で考えたら全然正解じゃなかった。
だけど俺の努力がそうさせた。
そしていまこうしてNBA選手になった」
引用:バスケットボールキング
以上、渡邊雄太選手の学歴や賢さについて紹介しました。
バスケだけではなく、学業も優秀だったようですね!!
これからの益々のご活躍を願っています。


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